なぜ人種差別はなくならないのか。投資家の金武偉氏は「人種差別は『無知と自己奉仕バイアス』による認知的飛躍から起こる。ある人種に対して差別意識を持っている人は現地の友人を1人でも作るといい」という——。

■差別意識とはヒトの無知につけこむ心理現象

筆者はプレジデントオンラインにて、昨年9月に「反日・嫌韓に走る人々の滑稽ぶり」を遺伝子科学の視点から指摘し、今年3月には「区別ならぬ差別を見極める基準」について米国最高裁判例を引用して解説した。それを受けて、今月、国内大学からオンライン講演の依頼をいただいた。テーマは「新型コロナが、なぜ世界的人種差別につながってしまったのか」だった。

たしかに、新型コロナの感染拡大がはじまり、コロナ禍の人種差別に触れたエピソードを日々の報道で見聞きする機会は増えたという実感がある。

それでも筆者は、新型コロナが新たな差別主義者を生んだ、とは思っていない。差別意識は、ヒトの無知に虎視眈々とつけこむ心理現象として、常に渦巻いているものだ。新型コロナは、その差別意識が対外的に露呈するのを誘発したトリガーにすぎない。

本稿では、新型コロナを機会に改めて、人種差別の実態とその解決法について意見を述べる。

■現地の友人ができると、その国を好きになる

人種差別とは、特定民族や人種に対し、社会的排除や権利制限を課すことをいう。その根底には、「この人種はわれわれの人種と比較して劣る、または悪である」という発想がある。

白人至上主義団体リーダーの体内にもアフリカの遺伝的ルーツが確認される今のご時世、人種間に優劣があるという発想は、地平線をみて「地球は平である」というのに負けないくらい無知だろう。

さらに、人種差別では、人種にひも付けて意識内に負のループが起こる。「誰かひとりでも不潔だったり、卑怯だったり、犯罪者だったりしたら、その人種が原因とされる。結果、その人種に属すなら、全員が同列に不潔で卑怯で犯罪者」という認知的飛躍だ。日韓関係ひとつをとってもそうである。なんとなく韓国嫌いだった人が、韓国を訪れて人々の親切に触れたり、現地の友人ができたりして、韓国を好きになるケースは意外に多い。

2001年新大久保駅で線路に転落した日本人男性を救おうとして亡くなった韓国人留学生、李秀賢(イ・スヒョン)さんの母も「(息子の死亡事故を通じて)私が知っている日本人と、(韓国メディアで知る)日本の政治家の態度には差がありすぎて、戸惑っている」と述べた。認知的飛躍が実体験により是正され、素朴にびっくりするのだと思う。

■差別意識のダムは歴史的大惨事をトリガーに決壊する

あたかもダムにせき止められた大量の水のように、差別意識は常にそこにある。定常的に放水口から出る差別もあれば、暴雨をきっかけにダムが決壊し、爆発的に起こる差別もある。白人警官の拘束下で暴行死した黒人男性ジョージ・フロイド氏の事件は、定常的黒人差別の代名詞だ。

ふとしたきっかけで露呈する単発的差別もある。

駐韓米国大使であるハリス氏は、日本人を母に持つ。ある時彼は、韓国政府による南北間協業推進は米国との事前協議が必要と発言した。それを内政干渉と受け取った韓国の国会議員は、「(日本の植民地機関であった)朝鮮総督にでもなったつもりか」などと失言をした。ハリス氏の政治的意見に対してではなく、彼の日本由来の血統を意識したような揶揄(やゆ)が、同僚の韓国国会議員や海外メディアから「一線越え」と、至極当然なバッシングを受けた。

差別意識のダムは、歴史的大惨事トリガーに完全決壊するときもある。

1923年9月1日11時58分に起きた関東大震災では、昼食のため炊事をしていた家庭が多く、さらに木造住宅の密集と当日の強風が相まって、多数の焼死者を出した。そのとき、「(朝鮮人が)井戸に毒をいれた」「(朝鮮人が)放火し、日本人を襲ってくる」など、すべてが事実無根だった流言飛語に端を発し、軍と自警団の手で、多数の朝鮮人が虐殺された(出所:日本経済新聞2019年10月6日)。

■「自分の民族は優秀だ」というバイアス

ヒトは、「特定人種→全員が劣・悪」の認知的飛躍をなぜ自分に許すのだろうか。

筆者は「自己奉仕バイアス」に注目する。これは、「ヒトは、自分にとって好都合な物事を真実として信じ込みやすい。逆に不都合な物事をウソ、または他人のせいにしたがる」といった、ご都合主義的心理衝動を指す。

たとえばある調査によると、ヒトは自分が他人と仲良くする能力が、一般平均以上と思っているそうだ。また、ヒトは自分がなにかで裁判に訴えられる確率、および法を犯したときに逮捕される確率を、実際より低く見積もる傾向にある。

ヒトがヒトを人種差別するとき、その前提には「人種間に、人間的価値の優劣あり」という地球平面説級の無知がある。その上で、自分の不安や鬱憤(うっぷん)のはけ口を探す――。すなわち一種の自己奉仕をするために、認知的飛躍の衝動に自身をゆだねている可能性がある。

■自己奉仕バイアスを牽制する方法

自己奉仕バイアスは、その存在自体を否定してくる厄介なバイアスだ。自分に好都合な物事はことさら、「これはバイアスなどではなく真実だ」と信じ込む。文明社会は、この自己奉仕バイアス存在の否定という自己奉仕バイアスを、法を含むクリエーティブな工夫で矯正しようとしてきた。

たとえば多くのヒトは、自分の運転技術について他人と比べて平均以上、と評価する傾向があり、自分が運転事故に遭う確率を低く思い込む傾向がある。そこで、自賠責損害補償法は、自賠責保険をすべての車の所有者に法で義務付けている。

自己奉仕バイアスは逆方向にも作用する。実際より過大に恐れ、過度な対応をとるのだ。たとえばヒトはサメに襲われる危険を過大に認知する。これは一説には、映画や事故の報道などを通じて、サメの恐怖はヒトの意識下で強烈に「可視化」されるからといわれている。

米国には、この「可視化」を人為的に演出することで、自己奉仕バイアスを牽制しようとする試みがある。連邦民事訴訟法Rule 68という。

民事訴訟では、一般的に、原告側は勝つと過度に信じ込み、被告側は負けないと過度に信じ込む自己奉仕バイアスにかられる。結果、双方が和解提案を蹴る。しかし、判決が下るまで時間とコストをかけて訴訟を続けた割には、当初の和解提案のほうが互いのためによかった、という場合がある。

そこでRule 68は、民事訴訟の終結前に受けた和解提案額より、訴訟の結果勝ち取った賠償金額が低かった場合、和解提案を受けた側が和解提案をした側の訴訟費用を負担するものとする。こうすることで、和解拒否しようとする側の自己奉仕バイアスの代償を可視化し、両者を和解に導き、ひいては私的紛争解決に要する社会全体のコストを節約する。

■沈黙は自爆

差別意識の実態は、他人種への無知に虎視眈々(たんたん)とつけこむ心理現象だ。そもそもわれわれ全員がアフリカルーツをもつのだが、自己奉仕バイアスは目前の事実と科学をシャットアウトし、「その人種全員憎し」という認知的飛躍をあっさり受容してしまう。新型コロナは「差別意識」を「差別行為」に誘導したにすぎず、今後もあらゆる局面で人種差別は発生する。

「(人種差別への)沈黙は共犯と同じ」と米動画配信大手ネットフリックスが投稿して有名になったが、コロナ禍の欧米にて日本人も例外なく差別されているこの地球において、もはや「沈黙は自爆」に近い。

この沈黙を破る手段はたくさんある。「無知×自己奉仕バイアス+トリガー=人種差別自爆」の方程式を逆手にとればいい。

まずはわれわれとわれわれの子孫を、他人種・他国民への無知から解放しよう。苦手意識の強い国や国民があるなら、その国出身の友人を、たった一人でいいのでつくってみてほしい。当初あった苦手意識(認知的飛躍)が大きく是正されるに違いない。

次に、自己奉仕バイアスの存在を受け入れよう。何かの節で特定の国民や人種全員が憎く感じたとき、「個性」を無視して「人種」で他人をくくりたくなる自分のご都合主義を疑いたい。ヘイト思想や差別が黙認される社会では、巡り巡って自分や子孫をも被害者にすることを新型コロナが証明した。上述のRule 68にならい、差別的バイアスの代償を人為的に可視化する立法政策も検討に値するだろう。

■自己防衛のためにプラットフォーマーを裁けるか

テロから疫病そして震災まで、なにが人種差別のトリガーを引くかはわからない。それでも、人種差別の広がりに対して、公共メディアには大きな責任がある。

いまFacebookは、黒人人権運動への武力行使を煽動するトランプ大統領の投稿を黙認したとして、強烈なボイコットと社内批判、そして世論批判を受けている。今後、特定の人種・民族・国民に対し明らかに偏見や敵対心を煽るコンテンツを容認するプラットフォーマーを、われわれは自己防衛(「トリガー」沈静化)のために裁くべきだ。

新型コロナによるパンデミックは、ワクチンと治療薬の合わせ技で、来年以降必ずコントロールされ、収斂してゆくとされる。しかし次に地球規模の危機が訪れたとき、また今回のように人種間での分断が起きるのか、それとも脅威に対して人種を越えて共闘できるのか。それは、われわれのうち何人が沈黙を破れるかにかかっている。

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金 武偉(キム・ムイ)
ミッション・キャピタル マネージング・パートナー
1979年京都府生まれ。UCLA卒業後、ゴールドマンサックス証券入社。ボストン大学ロースクール履修後、ニューヨーク州で弁護士資格を取得。サリヴァン・アンド・クロムウェル法律事務所で約5年間国際案件に携わった後、ユニゾン・キャピタル投資チームに参画。その後、ベンチャー経営に転身し、2018年8月より現職。

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中国・武漢発のコロナウイルス流行に伴う人種差別的事件への反動として行われた、活動家が主催した中国人との連帯を示すフラッシュモブ。看板には「ストップ・ザ・パニック」と書かれている=2020年2月5日、イタリア・ナポリ - 写真=EPA/時事通信フォト